2010年09月25日

濃姫夢幻3−信長メモ8

(言継卿記に続き)、

濃姫の、生存・長寿説の史料3点と、感想


1、史料3点のうち、先ず「養華院」名の史料2点
安土総見寺の、寛延3年(1750年)成立の織田家の過去帳、『泰巌相公縁会名簿』に、次の文字があるという。

養華院殿要津妙玄大姉 慶長十七壬子七月九日 信長公御臺

ここに、「信長公御臺」という言葉が出てくる。御臺とは、正妻のことだから法名・養華院は、濃姫であって、離縁されたり、早死にしたり、また、本能寺で夫とともに死ぬこともなく、長生きをしたのだ、との話がある。

しかし、この話は、そのままでは史実としては成り立たない。理由は、下記2点。

●「御臺」は代名詞なので、この過去帳の、この年月日に没した「養華院・信長公御臺」が濃姫であるためには、他の信頼できる史料によって、濃姫であるとの裏付けがなされなければならない。そうした他の史料が無い。

他にも「養華院」名の登場する史料はあるが、比較的に閲覧・参照し易いものが、書籍としてまとめられ、刊行されている『柳本織田家記録』である。

『泰巌相公縁会名簿』の「信長公御臺」が濃姫を指すとの解釈が、決して成り立たない、もう一つの理由が、この『柳本織田家記録』の記述だ。

●信長の弟・織田長益(有楽斎)系統の子孫、(大和)柳本藩の記録を収録した『柳本織田家記録』に、「養華院殿」の記載がある。それは、京都・大徳寺の「総見院」にある石塔(供養塔)に刻字された、法名・没年等の写しである(大徳寺総見院は、羽柴秀吉が、信長の菩提所として建てた)。

該当部分の中身を引用する。

京大徳寺中総見院ニ有之御石塔

(中略)

養華院殿要津妙玄大姉
信長公御寵妾也、慶長十七子年七月九日

(後略)

『柳本織田家記録』のこの項には、信長の肉親を含めた縁故関係者の、法名・没年等の写しが、ずらりと一覧されており、その中のひとつ。

つまり、ここでは、養華院は、「信長公御寵妾」、つまり、側室と明記されているのだ。

妾=側室であるから、養華院が、信長初婚の正妻、濃姫ではないことは明白。

◇整理すれば、下記となる。

◆養華院が信長公「御臺」と記されているのが、(安土城内の)総見寺の過去帳。

◆養華院が信長公御「寵妾」と記されているのが、(京都・大徳寺の)総見院の石塔(供養塔)墓碑の刻文。

養華院が「御臺」ならば、養華院が濃姫である可能性も、無いとは言えない。養華院が「寵妾」ならば、養華院が、濃姫である可能性は無い。

なお、『養華院』は、この人物の法名であり、かつ、大徳寺内、総見院の北隅に、文禄年中(慶長のの前)、養華院自身によって造営された塔頭の院名。となれば、養華院の本拠はここにあり、安土・総見寺の過去帳に比べれば、大徳寺総見院の石塔(供養塔)の刻字=「信長公御寵妾」、のほうが、信憑性では、明らかに勝る。

ということで、『慶長17年7月9日没の「養華院」=総見寺過去帳の「信長公御臺」=濃姫』説は、そのままでは、まるで成り立たない。


2、三つ目の史料、「安土殿」のこと
安土殿、の表記を見たので当たってみたが、原文は、「アツチ殿」であった。他の用例を勘案して、安土殿、の解釈で問題は無いとは思うが。

(前略)

七百貫文。    岡崎殿
 オワリ。

六百貫文。    アツチ殿
 ヒツシ。

(後略)

『織田信雄分限帳(ぶげんちょう)』(『続群書類従 第二十五集上』所収)から

『織田信雄分限帳』は、内容から、信長と嫡男・信忠の没後、次男・織田信雄が、歴史の表舞台に躍り出たころの成立と思われる。ここに、「アツチ殿」なる人物が、尾張国山田郡のヒツシ(羊神社のあたりか)に、六百貫文の知行をあてがわれている、との記述が見える。

これが濃姫かもしれない、というのだ。

だとすれば、濃姫は本能寺で没しておらず、天正10年代の初めごろには生存していた証拠となるのだが、これもまた、濃姫だという実証は出来ていない。仮に、アツチ殿が正妻の意味であったとしても、その時の正妻が、いわゆる濃姫だとは限らないからだ。

史料や軍記物に散見する、廉中、本妻、御臺、御局、北の方、大方、などの尊称代名詞は、つまり、それらが濃姫を指すという考えは、希望的想像に過ぎないということになる。

推測の連鎖や、想像は自由だが、その方法は、小説やドラマといった、虚構の世界に入ってしまい、歴史的事実とは無関係なのだ。小説やドラマは、それはそれで、個人の楽しみ方としては全くOKなのだが、怖いのは、小説やドラマが、史実として膾炙してしまうこと、それなのである。
posted by somo at 10:32| 信長メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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