2007年02月21日

少年向け 連続テレビ映画3

『風雲真田城』

(TBS、昭和39年9月〜40年7月)

『高杉晋作』のあとは、『風雲真田城』が、午後6時台に放映された。

真田幸村ファンたる筆者としては、こりゃ、見なきゃとばかり、見続けたものだ。

関ヶ原戦以後、嫡男・信幸の、徳川への取り成しが奏功したため、命だけは助けられて、高野山麓の九度山に蟄居になった、旧豊臣大名・真田昌幸と、子息の幸村。その九度山の陋屋(ろうおく)を拠点にした、「徳川打倒への再チャレンジ」活動の物語である。。これは、大坂冬の陣における、大坂城の出城たる真田丸での、真田隊の奮戦までを描いていた。

猿飛や霧隠などの忍びや、真田十勇士に名を連ねる連中、また徳川方の忍びも多く登場し、当時の忍者・忍法ブームにあやかって、その手の見せ場が多かった。

ただ、講談的な、通俗の常識からすると、霧隠才蔵も幸村の配下のはずだが、そうはなっておらず、敵であり、何かのきっかけで、真田に味方する、といったように描かれていた。

特に目立ったのは、かなりひねくれた、虚無的、ニヒリスティックな人物として、それゆえに、真田に対する「批判者」として、霧隠が描かれていたことだ。このあたりは、筆者の、この真田ものに期待したイメージに、全くそぐわず、すっかり白けてしまったことを覚えている。

つまり、その、「主役への批判者」としての霧隠のイメージが、強調され過ぎていたせいか、真田ものに期待するところの、小気味の良い面白さ、というものが、あまり無かった。主役が誰なのか、幸村なのか、息子の大助なのか、猿飛、霧隠なのか、いま一つ判然としないように思えたし、ストーリー自体も平凡の感を免れないドラマ、との印象が、当時、子ども心にもあったわけだ。

ただし、もう一つ、印象に残っているのは、タイトルバックだ。これはOK。

騎馬武者の一隊が、野原を疾駆していく。その全体の様子を、斜め上方からの視点で、スローモーションによって写し見せていた。同時に、その騎馬隊が疾駆・躍動するスローモーション映像の動きに、合わせるかのように、「野に咲く花を 血に染めて 疾風の如く 騎馬がゆく 騎馬がゆく〜」と、主題歌が流れる。

このタイトルバックの構成は、かっこ良さを求める少年の心を、血湧き肉躍らせるものがあったことは、付け加えておきたい。

主な配役

真田幸村:高田浩吉、真田大助:千早健、猿飛佐助:江田島隆、霧隠才蔵:高田夕紀夫
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