2007年03月06日

少年・戦記ファン−テレビ『太平洋戦争』

Kという級友が、学校に、少年ブックだか、冒険王だかを持ってきた。あるページに、海戦の戦記物語が載っていて、的から外れた艦砲弾が、海上に大きな水柱を、何本も立てている、小松崎茂の挿絵が目を引いた。

筆者は子どものころ、戦記ファンで、特に、海戦や軍艦に、ご執心の少年だった。上の体験がキッカケになったのか、その後、『画報戦記』や『丸』を、わくわくするような気持ちで、定期購読したものだ。

テレビも、戦記フィルムが放映されるような番組は、好んで見た。その中に、連続番組として、『太平洋戦争』というのが有った。

『太平洋戦争』は、昭和35・6年頃の、夕方6時台、30分番組で、10チャンネル(日本教育テレビ=NET)だったか・・・(なお、ネットを検索してみたが、この番組についての情報は、全く得られなかった)。

これは、戦記フィルムや写真映写の合間に、旧軍や、兵器製造関係者など、ゲストの証言、座談を入れて、特定の作戦や戦闘、軍用機・軍艦製造などの一端を明らかにしていく番組だった。そう、今と違って、その頃は、終戦後わずか15・6年、戦前派、戦中派の、体験者には困らなかった時代だ。

今思うと、右とか左とか、好戦や反戦といった、時流に乗った政治性は全く感じられなかった。むしろ、しごく真面目で、地味な番組だったのだ。

そんなわけで、当初、全編が、太平洋戦争の記録フィルムだろうと、期待して見始めたために、証言や体験談を語る冗長な内容は、子供心には、裏切られた思いもあったものだ。

しかし、そうは言っても、タイトルバックは最高であった。

軍艦マーチが流れる中、連合艦隊が、艦列を作って洋上を進航する雄姿。それを、正面から撮影した記録フィルムの映写。これは当時の少年戦記ファンの心を、しびれさすに十分なものがあったと思う。カッコイイ!! というやつだ。

ただし、錯覚し勝ちなことがある。艦隊の進航に合せて、軍艦マーチが流れる、ということについてなのだが。

今のビデオなどと違って、戦前は、被写体、および、その周辺が発する音声を、撮影と同時の直接録音など出来なかった時代なのだ。だから、軍艦マーチの演奏を、番組制作過程で、記録フィルムに重ね合せたか、または、すでに、そのように出来上がっていた戦前の、編集されたニュースフィルムなどの一部を使ったか、そのどちらかだったのだろう。

それはともかく、中身の構成は、今でも有りふれたものなのだが、番組開始時のタイトルバックの、毎週の、このスタイルは、今のテレビ局には、決して出来ないものだと思う(もちろん技術的に、という意味ではない)。

記録フィルム映写時のナレーターと、座談の司会を、芥川隆行が勤めた。

我が家では、10チャンネルの映りが悪く、やきもきした覚えがある。
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