2007年04月15日

ポピュラーと青春歌謡の時代

60pa-A?-2.jpg日本に入ってきた、外国の流行歌のことを、筆者たちの少年時代は、ポピュラーと言っていた。高校時代、周囲に、とてもファンが多かった。

それは、ビートルズの「抱きしめたい」を始め、外国のこの手のポピュラーが、急速に日本を席巻し始めたからであり、さらに、その影響を受けた日本でもエレキギターが普及、多くの素人エレキバンドが、テレビに出演し始めたからだ。

学校の友人間では、ポピュラーの話題ばかりで、一方、これまた、多くのファンを勝ち得ていたはずの、橋・舟木・西郷の御三家を中心とする青春歌謡の話題は、なぜか少なかった。友人間の、ビートルズやアニマルズ等の話、あるいは、本国では、売れないベンチャーズは、もうけるために、しょっちゅう来日するなどの話に付いて行けないと、馬鹿にされる雰囲気があったのだ。

ところが、放課後、そうした友人たちの家に遊びに行くと、例えば、ある友人は、「禁じられた遊び」をギターで弾くかたわら、「この新曲、いいぜ」と言って、舟木一夫の「高原のお嬢さん」のレコードをかけてくれたりしたものだった。

少年たちが、どこで外国の曲を聞いていたかというと、ラジオだった。当たり前のことだが、外国人や外国バンドの新曲は、日本のテレビでは聴けない。テレビは普及し、「ロッテ歌のアルバム」に代表される歌謡番組も全盛期だった。しかし、こと、音楽、とくに外国曲に関しては、依然、断然ラジオであり、しかも深夜放送を、多くの少年たちは聴取し、そこでポピュラー音楽に触れ、次に、レコードを買って聴いていたのだった。















posted by somo at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和少年・ポピュラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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